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2007.12.23

思い出のグランプリ・1

 今週は有馬記念の話。

 昭和52年11月、IBCの入社試験。
「ほう、君は競馬中継をやりたいんだって?じゃしゃべってみて」
 はい・・・では昭和45年の有馬記念をやります。
 ~先頭はハクエイホウ、スイジンが2番手、その後ろにメジロアサマが続きます。1番人気アカネテンリュウはまだ後方待機、スピードシンボリは最後方まで下がった。そしてここでアローエクスプレスが行った、外から上がっていった!
 まもなく第3コーナー、先頭はアローエクスプレス、内でハクエイホウが粘る、そのあとメジロアサマだが、外からアカネテンリュウが追い出しました。内からはスーッと黄色い帽子・スピードシンボリが上がっていきます。
 さあ、第4コーナー、先頭はアローエクスプレス、4歳馬アローエクスプレスが先頭ですが、スピードシンボリが並びかけた、そして外からアカネテンリュウとダテテンリュウ、アカネテンリュウとダテテンリュウが並んで追い込んできた、先頭はスピードシンボリ、スピードシンボリだ、外からアカネテンリュウ~!!勝ったのはスピードシンボリ!!有馬記念2連覇達成です。
 ・・・・・と、こうして試験官をケムにまいてもう30年がたった。

 途中の順位などレース展開のデティールは当時からすでにあやふやになっていたが、我が心のアイドル・アローエクスプレスが柴田政人騎手の積極策で見せ場を作ったこと(最後は高脚をつかって一杯になったが)、曇り空の薄暗い中山競馬場の3~4コーナー中間、野平祐二騎乗5枠スピードシンボリの黄色い帽子が内ラチぞいに上昇していったシーンは、今でも鮮やかに記憶に残っている。
 当時は中学3年。馬券を買うなどということは考えもせず、あくまでTV画面を通してのファンだったが、この年の有馬記念で完全に競馬の魅力にノックアウトされた。

 最近はもう3日前の夕食のメニューを思い出すのは至難の業?になっているが15歳の少年が競馬に恋した数十秒間は今でも思い出せるのである。

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