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2011.10.14

鎮魂 岩手の星

私はほろ苦い気持ちをいだいて手を合わせる。

君は大きな期待を持って岩手に降り立った。岩手の星という名をもらって。
君はその期待に十分に応えた。3才秋の快進撃は明るい未来を予感させた。
3.11東日本大震災、あの時から小さな歯車が狂い始めたのだろうか。
精密機械にたとえられるサラブレッド。高性能な機械ほど頑丈ではない。シーズンイン直前の天災。心身を削ってしまった君はうまく走れなかった。

デビューした時から、君は看板を背負った。背負わせた側に私はいた。
若者が疲れないなんて嘘だ。3才の青年時代に輝いた者が、ちょっと休みたくなることは普通にあることなのだ。
次はいつ?今度はどこ?期待しています!
・・・休ませなかった側に私はいた。

 出る以上は万全なのだ。不吉なことは言ってはいけない。それはその通り。もし何頭か抜いてゴールインしていれば礼賛文を書いていた。
 状態云々は関係ない。芝生の切れ目に驚いてしまったことが主因。それも真実。コース設定の不備は指摘されていた。
 だがどうして君だけが「不運」を引き受けなければならなかったのだ。

噛みしめるべきは、ハイセイコーの時代、寺山修司が語ったブレヒトの言葉。
「英雄のいない時代は不幸だが、英雄を必要とする時代はもっと不幸である。」
高度成長末期、叩き上げの人生が報われるファンの夢の仮託ハイセイコーは、ダービーで敗れた。

メイセイオペラが府中を制した1999年。12年後、君は同じコースに散った。
メイセイオペラ、あとに続いたトーホウエンペラー。「英雄の時代」だった。
以来、苦境に立たされた岩手。求められていた「英雄」。君はその候補だった。

歳月を重ね、地方競馬の存在が問い直される時代に君は生きた。
中央競馬というガリバー。トモダチ・イワテを助けに手を差し伸べてくれた。

巨人の手のひらに乗りさえすれば生きられる「全体」。これは儀礼なのだ、ゆっくり回ってきさえすれば良いのだ。
それでも立ち向かわなければ生きる価値がない「個」。これは戦いなのだ。勝つために全力を尽くさなければ意味が無い。
君は後者の美学に殉じた。

覚悟を決めた君は、期待に応えるべく精一杯四肢を躍動させてみせた。
大丈夫、檜舞台で蘇ってくれるのでは?という希望を抱かせるほどに。
・・・頭の良かった君は、人の心が読めすぎてはいなかっただろうか。

事故は偶然である。だが、今の君が府中に赴くことは必然であったろうか。
今回は・・・と、心の中の声もマイクの前では「復調すれば期待大」。
君を征かせる後押しをした自覚。私以外に大政翼賛会員はいなかったか?

「岩手の星なのだから」。君は運命を背負うことを受け入れていた。
「僕が征くしかない」。君は全国からの応援に応えるための大使となった。

走路の変化を余裕でかわすゆとりまでは無かったけれど、いいポジションを取ろうと君は頑張った。いつもより夢中で前を追いかけた。湧き起こる闘争心に身を委ね、強い相手と数秒間の大舞台を楽しんだ。
・・・君がせめてそんな気持ちでいてくれたなら救われる。
嗚呼、だが、余りある期待が無理をさせたのだとしたら・・・。

70億の売上げがあった南部杯は災害復興支援の実を上げた。投票してくれたあまたの中央競馬のファンも、君の悲運に涙した。
彼らも、被災地からやってきた君を暖かく迎え、できることなら今の時代を覆う閉塞感を破ってくれと、君の挑戦に夢を託していのだ。

中央と地方・岩手の交流がファンレベルで確実に高まった一日だった。
競馬で心が一つになった日の記憶は、君の名とともに永遠に心に刻まれた。

本当の星になってしまった君にそう報告しつつ、合掌。

ロックハンドスターよ、安らかに。


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Posted at 18:26 | 岩手競馬 | TB(0) |
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