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2009.05.27

誰か直して、日本ダービー記念日

 普段の仕事で、語学系の辞書を引くことが少なくなったことは確かだ。難しい漢字も簡単に変換してくれるし、間違いやすい用法も解説付きで画面が教えてくれる。笑ってしまったのが“ルー語変換”ページ。「君とご一緒しましょう」と打つと、ちゃんと「ユーとトゥギャザーしましょう」と訳してくれる。なんとも便利になった?ものだ。

 一方、百科事典もとんと引かなくなった。調べたい言葉で検索すれば大抵の知識はインターネット上で調べられる。そして誰かが載せた知識や方法が、ネットを通じてすばやく広く浸透していくのも今のIT社会の特徴だ。悪意の書き込み情報が一人歩きする様な弊害も指摘されるが、功罪で言えば「功」の部分が相当程度を占めるだろう。
 ただ、-悪意は無くても間違った知識があっという間に広まってしまう特性がある事は承知しておかなければならない- そう思わせる事案に競馬関係の調べものをしていて行き当たった。

 4月24日のことだった。競馬の歴史をひも解いて話題に使えそうな項目をネット上でチェックしていくと、「日本ダービー記念日」の文字が目に入った。その記載内容は下記の通り。
・・・・・・1932年(昭和11年)目黒競馬場で第1回の日本ダービーがおこなわれた日・・・・・・

 ん?シアンモアの子が2回から4回までダービーを勝ったのは昭和8・9・10年のはず。第1回は昭和7年では??当時の知識を西暦で覚えていなかったせいもあり、一瞬頭の中がこんがらがったが、終戦の年=1945年=昭和20年、という覚えやすい基準年から計算すれば、1932年は正しいが、昭和11年の数字が間違っていることがすぐに分かった。手元の書物にも1932年(昭和7年)と正しく載っていた。おそらく日本競馬会が出来た年と混同した間違いと思う。

 これだけなら、単なる誤記載例だが、「日本ダービー記念日」で検索して上位に並んだページの記載の多くに「1932年(昭和11年)」という記述が見られたのには正直びっくりした。どこかで誤記された内容が、検証されることなく広まってしまった事は想像に難くない。便利なページが多いネット上の情報だが、その全てが正しいわけではないことは心にとめておきたい。

 で、日本ダービー。大好きフロリースカップ系 セイウンワンダーで。正解かどうかは分からない・・・間違ってるだろうなぁ、これは。

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Posted at 18:03 | 岩手競馬 | TB(0) |
2009.05.13

騒いだシアンモアの血

第35回シアンモア記念は船橋のリュウノキングダムの快勝だった。またも南関東の遠征馬に名を成さしめた点で、岩手競馬ファンとしては手放しで喜んではいけない・・・のかもしれないが、事前に血統を調べておいた筆者は思わず「ヨシッ!」と叫んだ。

 リュウノキングダムの母系をたどると、サンライズグロリア ― モガミエイト ― コーワエイト ― ダイオランドと遡れる。
 そして4代母ダイオランドの父が、内国産種牡馬として実績を残したハクリョウ。そのハクリョウの母系は 第四バッカナムビューチー ― バッカナムビューチーとさかのぼれるのだが、バッカナムビューチーの父が、そう、シアンモアなのだ。
 B.ドリーマー系の牝馬にシアンモアを掛け合わせた、往時の小岩井馬産の黄金パターンを踏襲した血統が、リュウノキングダムの母系に流れていたのである。

 今年のシアンモア記念でシアンモアの血を引いていた馬はもう一頭いた。リュウノキングダムと同じ8枠のアンダーボナンザは、母アンダースワロー ―祖母アンダーカラード、とさかのぼる岩手競馬が誇るなじみの母系の出だが、現存する小岩井母系12系統の一つ・フェアペギー系という由緒正しい血統であり5代前の母親にはちゃんとシアンモアがかかっている。「母の日」の重賞と考えればアンダーボナンザが勝っても物語りになっただろう。
 具体的な血量で言えば母系8代前のリュウノキングダム、6代前のアンダーボナンザともにわずかなものだろうが、とにもかくにも80年余り前に輸入されたシアンモアがいなければこの世に存在しないサラブレッドが目の前にいる事には感激さえ覚えた。
 勝ったリュウノキングダム、4着ながらゴール前きわどく差をつめて見せ場を作ったアンダーボナンザの2頭に、特別な思いをこめて見守ったシアンモア記念だった。

 元小岩井農場長で今年91歳になられる畠山章一氏は、今回、IBCラジオ中継の取材に、シアンモアが性格が温順で非常に美しいバランスの取れた馬だったと思い出を語られたのに加え、「選別を繰り返し、磨きぬいて今も残る血統は今後も大事にしなければなりません」とお答えになっている。
 「血の更新」の名のもと、欧米の新しい血統の導入が盛んだ。そのこと自体を否定しては1世紀前の小岩井の偉業をも否とすることになってしまうが、在来血統を“日本が守り育ててきた血統”と考えるなら、よりプラスイメージで捉えることが出来るのではないだろうか。

―シアンモアの名前は過去の栄光のモニュメントの意味だけではなく、未来につながる財産なのだ― 名馬の血をひくリュウノキングダムの勝利はそう訴えているようにも思えるのだ。

Posted at 11:43 | 岩手競馬 | TB(0) |
2009.05.02

思い入れの天皇賞(春)

 春の天皇賞は、普通に考えても絶対の軸馬がおらず波乱含みだ。ならばここは、岩手競馬にゆかりのある馬から心情馬券を買ってみたい。
 8枠18番ヒカルカザブエがその馬。
 父ジャングルポケット・母の父サンデーサイレンス、筋の通った血統馬だが、心情馬券の根拠はヒカルカザブエの祖母“フランクアーギュメント”だ。この名前を見てピンと来た岩手競馬ファンも多いと思う。そう、4年前まで岩手競馬で走ったカームの母親なのだ。つまりカームとヒカルカザブエはオジとオイの関係にあたる。

 2000年のセレクトセールで3億2千万円(当時歴代3位)の高値がついたカームは、デビュー前の調教で蹄骨を骨折。3才夏にデビューしたものの3戦着外と未勝利におわり、秋に岩手入り、水沢の菅原右吉厩舎から再デビューの運びとなった。
 一目3億2千万円の高馬を見てみようというファンで、転入初戦の盛岡競馬場のパドックには3才最下級のレースとは思えぬ人垣が出来たものだ。

 最初に見たときの印象は忘れられない。青鹿毛=ほぼ全身漆黒の馬体には大形馬にありがちなガサツさがなく、非常にバランスが良かった。「こんなところで走る馬じゃないね」という声は、偏見でもなく、卑下するでもなく、純粋な気持ちで競馬ファンが自然に口にした言葉に聞こえた。

 転入初戦を人気に応えて勝ったカームは、岩手在籍足掛け3年で27戦14勝、A1クラスまで上り詰める立派な成績を上げた。が、古傷を馬自身がかばったのか、持てる力の全ては見せなかったように思う。逆に言えば、そうした状態で最終戦となった桐花賞で4着に入ったのは、この馬の潜在能力のなせる業だったと思う。

 カームの獲得賞金は750万円余り。関係者が必死に調整し、再起させた結果、稼いだ競走馬としての証が数字として残っている。しかしながらセリ値と比べて「とかく高馬は・・・」と揶揄される例示に使われるのは不本意なことだろう。

 良血を買われ種牡馬となったカームは、今、八戸の山内牧場に繁養されている。今年も3月に子供が生まれたというニュースが牧場のホームページに載っている。岩手競馬にゆかりのあった馬が、元気にしている報せを聞くとほっとするものがある。初年度産駒は今年競走年齢に達するが、どこでデビューするにせよ応援したい・・・。そんなことを考えていた矢先のヒカルカザブエの天皇賞挑戦のニュースだった。

 穴人気になりそうなヒカルカザブエだが、キャリアの浅さは懸念材料の一つだ。だが、未知の魅力が十二分にある。これまで祖母フランクアーギュメント一族からは超大物は出ていないが、そろそろ血の爆発があっても良い。そしてオイの活躍は八戸に生きるオジ・カームの評価を上げる事にもつながろう。
 故障に泣いたカームを思えば、初のGIの大舞台、無事に3200mを走りきって
欲しいと思うところもある。だが、ここは激走を期待して見守りたい一戦だ。

(天皇賞前日 5月2日記)

Posted at 19:35 | 岩手競馬 | TB(0) |
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